赤羽馬鹿祭りの歴史
およそ500年前、江戸の開祖といわれる太田道灌(おおた どうかん)は
現在の静勝寺境内(赤羽西1-21-17)に稲付城を築き
江戸北方防備の要としました。
文武両道に秀でた武将で
管弦楽などの遊びを地元民にも普及させたといわれています。
「赤羽馬鹿祭り」は、戦禍により灰燼(かいじん)に帰し、
戦後バラック建ての”闇市”から再出発した赤羽商店街の復興を祝すとともに、
道灌の偉業を讃え「赤羽の地にも住民の祭りを」という思いから、
昭和31年から赤羽駅前周辺の7商店街と1自治会が集まり結成した
赤羽馬鹿祭り実行委員会(委員長・故 犬飼俊雄氏)により始まりました。
「赤羽馬鹿祭り」という名称は
開催日だった4月1日の「エイプリルフール」
にちなんだとされています。
エイプリルフールは欧米発祥の
「4月1日に罪のない嘘をついても許される」とされている風習で、
もともと日本ではエイプリル( = 4月)フール( = 馬鹿)を直訳して
「四月馬鹿」と呼ばれていたためです。
その後、「馬鹿」という言葉の持つ負のイメージに配慮し
「大赤羽祭」と改称されましたが
2012年に原点回帰として
再び名称が「赤羽馬鹿祭り」に戻りました。
毎年、音楽隊によるマーチング演奏からはじまり
馬鹿踊り、仮装、御輿行列と
様々なパレード隊が行進し盛り上げる赤羽馬鹿祭りは
春の北区赤羽を華やかに盛り上げて、
毎年数十万人の来場者が訪れる
北区最大級のイベントとなっています。
馬鹿踊りについて
赤羽馬鹿祭りのテーマソングである「馬鹿踊り」は
1971年(昭和46年)に
「東京バカ踊り」の楽曲に合わせて踊る形でスタートしました。
その後、故犬飼俊雄氏の提唱で「馬鹿ロック音頭」に名称変更がなされ、
これまでの曲想のイメージは踏襲しつつ新時代にマッチしたロック調に新編曲された後、
2017年に城北信用金庫理事長兼赤羽馬鹿祭り振興委員長である大前孝太郎氏の編曲により、
現在採用されているボカロ調の「赤羽馬鹿踊り」が誕生しました。
赤羽馬鹿祭り大パレードの目玉となる「馬鹿踊りパレード」は、
踊り連会長の菊池真理子先生が総指揮を取られています。
菊池先生による馬鹿踊りの1分レッスンを公開していますので
ぜひ覚えていただけるとうれしいです。
みんなで一緒に馬鹿踊りを踊りましょう!
