赤羽馬鹿祭りについて


およそ500年前、江戸の開祖といわれる太田道灌(おおた どうかん)は
現在の静勝寺境内(赤羽西1-21-17)に稲付城を築き
江戸北方防備の要としました。
文武両道に秀でた武将で
管弦楽などの遊びを地元民にも普及させたといわれています。

「赤羽馬鹿祭り」は、道灌の偉業を讃え
「赤羽の地にも住民の祭りを」という思いから
地元の商店主達によって1956年(昭和31年)4月1日に
「第1回赤羽馬鹿祭り」が開催されました。

「赤羽馬鹿祭り」という名称は
開催日だった4月1日の「エイプリルフール」
にちなんだとされています。
エイプリルフールは欧米発祥の
「4月1日に罪のない嘘をついても許される」とされている風習で、
もともと日本ではエイプリル( = 4月)フール( = 馬鹿)を直訳して
「四月馬鹿」と呼ばれていたためです。

その後、「馬鹿」という言葉の持つ負のイメージに配慮し
「大赤羽祭」と改称されましたが
2012年に原点回帰として
再び名称が「赤羽馬鹿祭り」に戻りました。

毎年、音楽隊によるマーチング演奏からはじまり
馬鹿踊り、仮装、御輿行列と
様々なパレード隊が行進し盛り上げる赤羽馬鹿祭りは
春の北区赤羽を華やかに盛り上げて、
毎年数十万人の来場者が訪れる
北区最大級のイベントとなっています。

タイトルとURLをコピーしました